私を含めた友達5人で、よくドライブや旅行に出かけることがありました。その際、車を出すのはいつも私で、運転も私だけが担当していました。運転すること自体は好きなので、他の友人たちがガソリン代を公平に負担してくれる限り、特に不満はありませんでした。
しかし、ある日、Aがガソリン代を4人で折半するのは不公平だと言い出しました。「あなた(私)も出してよ」と。正直、私は驚きました。私は運転手で、車を提供し、長時間の運転に耐えています。にもかかわらず、Aがこうした不満を言うのは、まるで私が他の友人たちよりも少しでも負担を軽減してもらおうと甘えているかのように感じられたのです。
その場で私は、「いいよ、その代わり、あなたはもう私の車には乗せない」と言い切りました。Aは驚いて「え?」と声を上げましたが、私はそれ以上の議論をする気はありませんでした。「どこから近場でどこから遠出か、そんな曖昧な基準は決めたくない。払うか乗らないか、二つに一つ」ときっぱりと告げました。
その後、また遠方に旅行に出かけることがありました。計画を立てる段階で、ガソリン代について再度確認し、Aも同意したため、彼女も一緒に行くことになりました。しかし、帰り道で再びAはガソリン代の支払いに難癖をつけました。
その瞬間、私は冷静に「今回は1円も払わなくていいよ。でも、これで最後。今すぐ降りて」と伝えました。セルフのガソリンスタンドで休憩する際、私はAの荷物を休憩所に置き去りにしました。Aは「せめて家まで送ってよ」と懇願しましたが、私は「タクシーで帰れば?」とだけ返しました。
Aはお金を払うと言い出しましたが、私はもう彼女の言葉に耳を貸しませんでした。「これからも毎回、運転に疲れている時にごねられるの?そんなのはもう絶対に嫌だから、もう二度と私の車には乗せない」と言い放ちました。
その後、私たちが車で出かける時は4人で行くようになり、驚くほど快適になりました。Aとは公共交通機関を利用する時にしか会うことはなくなり、彼女との付き合いは自然と減っていきました。
他の友人たちも私の立場を理解してくれており、車を出すことの負担や責任を認識してくれています。Bという友人は、最初に「ガソリン代は私以外の皆で負担しよう」と提案してくれたほどです。以前の私なら、遠慮して「いいよ」と言っていたかもしれませんが、今ではその提案に感謝し、快く受け入れることができています。
この経験を通じて、私は自分の意見をはっきりと主張することの大切さを学びました。特に、友人関係においては、互いに配慮し合うことが大切です。Aのように、自分だけが負担を減らそうとする人は、長い付き合いの中で必ず不和を生じさせます。
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